
皆さんは「口からでまかせ」を言った事はありますか?
皆さんは「口からでまかせ」を言った事はありますか?
誰かを騙そうとしたり、言い負かそうとしたり、自分をよく見せようとしたり
大抵はそんなシーンで「口から出まかせ」が出る事が多いと思います。
特に家族や親しい間柄の喧嘩では「相手を言い負かそう」「自分の正当性」を相手に認めさせようとして
思ってもいないのに「相手を攻めるような口調」になったりする人も多いのではないか?と思います。
そういう時、つい売り言葉に買い言葉で喧嘩に乗ってしまう、こんな経験が誰しもあるのではないでしょうか?
(もちろん私にも経験あります!)
・誰かより上に立ちたい
・自分を相手より優秀に素晴らしくみせたい
・自分を相手より可哀相に見せ、同情してもらいたい
など、こういう「誰かと自分」を比較しているような感情の時は要注意です。
つい思ってもないことを言って、相手を傷つけて、自分をも傷つけてしまうからです。
でもちょっとまってください。
なぜ「自分の正当性」を相手に認めさせようとするのでしょうか?
なぜバカにされると反射的に腹が立つのでしょうか?
普遍的なものに「真理」が隠れている
それは皆「魂はみな平等」で有ることをちゃんと「魂のレベル」で知っているからなんです。
だからバカにされたり、下にみられたり、比較されたりすると「とても嫌な気持ち」がこみ上げてくるのです。
「魂はみな平等」であることを誰しも知っているなんて、にわかには信じられない人もいるかもしれません。
でもこういう「普遍的なもの」の中に「真理」が隠れているんです。
生意気な中学生だった私の「口から出まかせ」体験
昔中学生だった頃、住んでいた家の近くにある新興宗教の施設が建設されました。
立派な建物で、休日ともなると多くの信者さんが詰めかけ、人が溢れんばかりの状況でした。
ちょうど通学路にその施設が有ったことで、毎日その施設の前を通りかかることになったのですが、施設が出来てしばらくして、施設付近で宗教の勧誘活動が行われるようになったのです。
(※今思うとその施設とは関係のない宗教の人が、その施設の信者の方を改宗させることを目的に熱心に勧誘していたんだと思います。)
大抵身なりの良い大人二人組みで近づいてきて「あなたは神を信じますか?」的な文句だったとおもうのですが、本当に頻繁に声をかけられて、正直ちょっと辟易していました。
ある日学校が早く終わったので、帰宅していると、またいつものように声をかけられました。
あまりにいつも声をかけられていたので
「もう迷惑なんで声をかけるのやめてもらえますか?」とかなり怒った口調で相手の人に言っていたと思います。
そうすると相手の方も負けじと「あなたは神がどこにいるか知っていますか?」と聞いてきいてきたのです。
今思い返してもなんだかちぐはぐな問答ですが、それを問われた中学生の私はとっさに
と言い放ち、プリプリしながらその場を後にしたことを鮮明に覚えています。
「神様なら私の中にいますから」と答えた普通の中学2年生
当時の私は今で言う「厨二病」で(笑)いかにも思春期らしい普通の中学年生でした。(私の「厨二病」は学校をサボって図書館に籠もったり、幸せとはなにか?を一生懸命考えていました。今考えると自分がとても可愛く思えますね…)特に宗教に造形が深い家庭に生まれたわけでも、当時は「不思議体験」というのもほとんどしたことがありませんでした。
神社なんてお正月くらいしか行かないし、お寺もお墓参りの時くらいしか行かないしという、ごく普通の都会の団地に住む中学生でした。
そんな中学生のわたしが「神様なら私の中にいますから」と口から出任せを言った事は
魂のレベルでは
皆「神さまとつながっていて、一つである」事を知っている証明のような気がしています。
当時は当然今のようなスピリチュアル本が世に溢れていたわけでもありませんし、インターネットもなかったのでそんな情報に触れる機会もありません。
でもちゃんと「魂のレベル」で「神様とつながっている」事を知っているのです。

大丈夫。一生懸命本を読んで学ばなくても、みんなちゃんと知っている。
悩みや迷いの中にある時、その答えを求めてスピリチュアルな本を沢山読んだり、占い師に相談する人もいるとおもいます。
もちろん、本を読むことも占い師に相談することも、何かのきっかけになればそれで十分良いのですが
本を読みすぎて結局自分がわからなくなってしまったり
占いジプシーでスピリチュアル迷子になってしまった時は
(それも必要な体験の一つだとは思いますが…)
ちょっと思い出してください。
みんな本当にすごいんですからね。
ちゃんと分かっていて欲しいなぁ~。というところで、本日のブログはここまで。








